エッセイ

2009年12月20日 (日)

好きなのに、せつない風景というものはありますか?

 
買い物するために外に出たら、鳶が鷹柱を作っていた。
たくさん舞っていた。

撮影したくて、カメラを持っているときは1羽も出なくて、
こんな時にいっぱいいたりする。

自分のはるか上空を、ピーヒョロ言いながらトンビが舞っているのを見上げると、
19歳の頃、安和の旧道の途中で見上げた情景を思い出す。

心の中に絶望感しかなくて、

  「私もそこへつれて行って、、」 

と心の中で叫びつつ見上げたトンビの飛翔は、
あまりにも悠々とし過ぎていて、同じ世界に住む存在には見えなかった。
 

  もうこの先、何の希望もない…、

とあの時思っていたのは、大きな錯覚だったけど、
トンビのピーヒョロは、

いまだに私の心に空虚な感覚を呼び起こす。

 
なくした存在が、ぜーんぶあの空の上の手の届かないところに
行ってしまうのだという思いが、

どうにも心の温度を下げていくように、せつなくなる。
 

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2009年7月21日 (火)

空瓶がたまっていく~~

 
ちょうど今日またひと瓶空いてしまった、エ○オス。
新しいのを開封する。

090721ebos
空き瓶がどんどん溜まっていくので少々困っています。
来月の不燃物収集の日にまとめて出そうと思ってますが、、、
 

ウエイトトレをやるようになってから、ガボーッガボーッsign01

っと、ろくに数えもせずに摂っているので空くのが早いです・・・。

090721ebos02
注・注意書きには15歳以上:1回10錠と書かれてありますよ。
                あ~ぴょんは、30錠以上口に放り込んでますが。

 
瓶じゃなく、大袋レフィル(5000錠~)とか出してくんないですかねsign04

 

 ムリですね、きっと。

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2008年12月25日 (木)

ある “一般市民” の、些細な言い分

 
今朝は寒さも少し緩んでいたような気がしますが、
それでも、暖かいねと言うには程遠く、車のヒーターをつけて出勤しました。

 
そんな中、市街地の主要交差点での交通安全ご指導、ご苦労様です。
警察官の方々は、大変ですね。
私たち一般市民も、交通事故を起こさないよう、身を引き締めなければ。
 

あそうそう、街頭で交通安全のご指導をされている警察官の方々は、
停止線の手前で一旦停止義務のある交差点と、そうでない交差点の違い
100%正しく認識されておられますでしょうか?

もちろん完璧ですよね。
が、今一度、道路交通法第43条をよっく読まれて、
本当に正しい認識と理解がされているか、ご確認されてみてはいかがでしょう。

もし万が一、違った認識のままで注意をされた場合、

  んー、、、違うんじゃない?ここ。。
って思っても、

  ここで反論したら、もしかして “引っ張っていかれたりして・・・”

と思うと恐くて何も言い返せず、縮こまってしまうか弱い一般市民にとって、
あまりにも優しさのない行為となってしまうのではないでしょうか。cutecutecute

 
今晩からまたグッと冷え込むらしいので、健康には留意されて、
お仕事がんばってくださいまし。

 

って、、、、、  これは、単なるエッセイです。(笑)

 
でけでんでんでん、でけでんでんでん、、、、、

  
  

  
                               クリスマスだというのに胸クソ悪い。

 

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2008年12月20日 (土)

“みっちり” について、つらつら考えていた

 
今朝は、年に2回の用事で9時前に出かけていた。

こ一時間、“それ” が済むまで待つ間、もうずっと読みかけたまま
止まっていた本を取り出して読んだ。
が、話の筋を断片的にしか覚えてなくて、文章を追っても
なかなかつながっていかない。

いつの間にか、ぜんぜん違うことをぼんやり考えていた。

 
少し前にWOWWOWで見た、『魍魎の匣』 のことだ。

小説の方は、何年も前に読んでいた。 面白かった。

  

   “箱の中にみっちり隙間なく入れられた、・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ”

   ”隙間が恐いのだ。”
 

放送された、映画版 『魍魎の匣』 は、原作とはちょっと違う部分も多かったが、
それは予想していた。

やけに よくしゃべる、関口君だなあ、、とか、
京極堂が宙ぶらりんになりながら関口君に向かって、
「がんばれ、君ならできる!」 とか言ってもがいているシーンも、

   「ああ、そういう風にしたのか。」

て思いつつ、単純にそのシーンを見てクスッと笑ったりできる範疇だった。
が、どうにも好みじゃないなあそれは・・・、、
と思ったことが一つある。それは、

 箱に入れられていた久保竣公も、ラストに出てきた箱の中の加菜子も、
“みっちり” じゃなかった・・・。

ということだ。
みっちり隙間なく、、、 というのがこの話の「肝心さ」 というわけではないことは
わかっている。だけど、、

みっちり入れておいて欲しかった。
飽くまで私個人の好みの問題だけど。

途中、引き出しの中に入れられていた、何本もの腕が、ギッチギチだっただけに、
そのあとの “みっちり感” に、すごく期待を持ってしまったので、よけいに

 あぁー 、、、  だった。

 
ちなみに、クドカンさんの久保竣公は、
 「おっ!」 と思った。

 
そんなことをつらつら考えて、ぜんぜん先に進んでいないことに気がついて、
本の方に意識を移して読んでいくと、ちょっとずつ記憶の断片が引き出され、
これまでの話が大まかに甦ってきた。
が、そこで名前を呼ばれ、点検結果の説明を受けて、
代金を支払って、ピカピカになった車に乗って帰宅。
今日は車の整備点検の日だったのだ。いつも、持っていった本を読んで待つ。

  

  これでまた当分、読みかけの本の続きは読まないのだろう。

車を運転中、そう思いながらふと、あることに気がついた。

 
  
応対してくれた整備士さん、クドカンさんに似ていた・・・。

 
ウソみたいな偶然に、一人、車中でニヤついてしまった。

これからは、クドカンさんの久保竣公と、
あの整備士さんの顔が常にリンクしてしまうだろう。
      

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2008年11月12日 (水)

松山城の猫

  二十歳になるかならないかの頃、、
バイト先の慰安旅行で道後温泉と松山市内に行った。

リフトに乗って、松山城を観光。
一通り歩いて少し疲れたので、売店の側のベンチに座って休もうということになった。
その時、1匹の、かなり歳のいった白い猫が私の足元を通り過ぎた。
その辺に居ついているのか、誰かが世話をしているのか、
だいぶヨボヨボだったけど、なんだかとても堂々として見えた。
そしてどこに消えるでもなく、人を怖がるでもなく、適当な日向に座って
顔を舐めたり、またちょっと歩いたりしている。

また私の近くを通り過ぎようとしたので手を伸ばして触ってみようとした。
が、まったく知らんっぷりの完全無視で行き過ぎていった。
避けるように歩調を速めるとか、身をかわされた、とかではない。
歩いてきたのと同じゆっくりなペースで、まっすぐ前を向いたまま、
私には一瞥もくれず通り過ぎていったのだ。

人間に媚を売らないその態度に、「猫だなあやっぱり、犬とは違う。」
と内心苦笑いしつつ、私はその白い老猫との交流を試みるのを完全にあきらめた。
そして、ベンチの片端に座って休んでいた。
すると、その老猫が、私の座っているベンチを遠回りに迂回して近付いてきて、
反対側の端に上がってきた。
交流をあきらめていた私は、その猫の思惑を量りかねて、動けなかった。

その老猫は、、、
そのままベンチの上を真っ直ぐ私に向かって歩いてきて、
なんと、私の膝の上に座った。

同行していたおばちゃん3人は、「やっぱり動物好きな人をちゃんと知っちゅうねー。」
とか言って笑っている。

そんな私はというと、

 猫ってヘンーーー、、

と困惑しつつも、やっぱり嬉しかった。
そんな猫の一面がなんだかとってもいいと思った。
白い老猫は、歳のせいか舌が口の中に収まりきれなくなっていて、
いったい幾つなのだろう、だれか飼い主はいるんだろうか、
飼われているといいな…。

とつい考えてしまう私の膝の上で、ひととせ暖まってからプイッと去っていった。

    

この時のことを思い出すたびに私は、

 猫って、ヘンー、、でも、好き。

と思うのだ。

その後、一度猫を飼ったことがある。
真っ黒いオス猫で、性格はぜんぜん違って “甘えた” だったが、
4歳ぐらいのときに事故で亡くしてしまった。
夢の中でも探し回るほど、心にぽっかり穴が開いたが、
あの老猫ぐらい生きていたら、あの子にも変な風格が出ていたのだろうか、、。


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